「手すりをつけよう」と提案したら、「まだそんなものはいらない」と強い口調で返された。介護ベッドの話をしたら、そのまま黙り込んでしまった。福祉用具の話を切り出したとき、こうした反応にぶつかって戸惑ったご家族は少なくありません。転んでほしくない、安全に暮らしてほしい——その気持ちから提案したはずなのに、なぜか本人を傷つけてしまったような後味だけが残る。
先に、要点をまとめます。
- 福祉用具を嫌がる反応の多くは、用具そのものへの拒否ではなく、「自分はもうそこまで衰えたのか」という自己像の揺れから来ていることが多い
- 説得よりも、「困っている場面」を本人と一緒に具体化するところから始めた方が、話が前に進みやすい
- 一度断られても終わりではない。福祉用具は試してから決められる仕組み・後から見直せる仕組みになっている
ただし、「本人の気持ちを尊重する」ことと「危険をそのまま放置する」ことは違います。この線引きをどう考えるかについては、後半で改めて触れます。
なぜ本人は福祉用具を嫌がるのか?
多くの場合、断っているのは用具ではなく「介護される側になること」で、用具はその象徴として目に映っています。
ご家族から見れば、手すりも歩行器も、暮らしを楽にする便利な道具です。ところが本人にとっては、その道具が家に入ってくること自体が「自分はもう一人では歩けない人になった」という宣告のように感じられることがあります。長年、家族を支える側だった方であればなおさら、支えられる側に回ることへの抵抗は強くなりがちです。
理由は一つとは限りません。実際の相談の場面では、次のような気持ちが重なっていることがよくあります。
- 自尊心: 「まだ自分でできる」「人の世話にはなりたくない」
- 遠慮: 「家族に金銭的な負担をかけたくない」「面倒をかけたくない」
- 費用の誤解: 介護保険が使えることを知らず、全額自己負担だと思い込んでいる
- 見た目への抵抗: 家の中が「病室のようになる」ことへの心理的な抵抗
- 使い方への不安: 操作が難しそう、かえって転びそう、という具体的な怖さ
このうち、費用の誤解と使い方への不安は、正確な情報を伝えるだけで解ける部分があります。一方、自尊心や遠慮に根ざした抵抗は、情報を足しても解消しません。まず、目の前の「嫌だ」がどの層から来ているのかを見分けるところが出発点になります。
「説得する」より先にできることは?
用具の話をいったん脇に置き、「最近どの動作がしんどいか」を本人の言葉で語ってもらうところから始めます。
福祉用具の提案が対立になりやすいのは、話の入り口が「あなたには手すりが必要だ」という結論から始まっているためです。結論から入ると、本人にとっては「自分の状態についての判定」を突きつけられる形になり、反射的に否定したくなります。
順番を入れ替えて、困りごとの共有から入ると、景色が変わります。たとえば「最近、夜中にトイレに行くとき、どのあたりが一番不安?」と尋ねると、「立ち上がるときに、つかまるところがなくてふらつく」といった具体的な言葉が返ってくることがあります。この時点で、話題は「衰えたかどうか」ではなく「立ち上がりの一瞬をどうするか」という限定された課題に変わっています。
このとき役立つのが、次のような聞き方です。
- 用具の名前を出さずに、場所と動作で聞く(「玄関」「立ち上がるとき」)
- 「できない」ではなく「不安」「ひやっとした」で聞く
- 一度に全部を聞き出そうとせず、その日は一つの場面だけにとどめる
本人が自分から「ここが不安だ」と言葉にした課題に対しては、解決策としての用具も受け入れられやすくなります。困りごとの整理の仕方は、身体状況と住環境から福祉用具を考える方法でも詳しく解説しています。
家族が言うと角が立つのに、他人が言うと通るのはなぜ?
家族間には長年の関係性の蓄積があり、同じ内容でも「心配」ではなく「否定」として受け取られやすいためです。
同じ「手すりがあった方がいい」という提案でも、息子や娘が言うと押し問答になるのに、ケアマネジャーや福祉用具専門相談員が言うとすんなり受け入れられた——こうした話は、介護の現場で非常によく聞かれます。家族が言うと角が立つのは、親子や夫婦という関係の中で、その言葉が「あなたはもう昔のあなたではない」という評価に聞こえてしまうからです。
だからこそ、第三者を挟むことは「家族が説得を放棄した」ということではなく、有効な手段の一つです。相談できる先には、次のような立場の人がいます。
- ケアマネジャー: ケアプラン全体の中で福祉用具の位置づけを考え、必要性を説明してくれる
- 福祉用具専門相談員: 用具の専門知識をもとに、身体状況と住環境に合った選択肢を提示する
- かかりつけ医・リハビリ職: 医学的な視点から、なぜ今その用具が必要かを説明できる
特にかかりつけ医の言葉は、本人にとって重みを持つことがあります。診察のときに「最近、家の中でふらつくことがあるようだ」と家族から一言伝えておくと、医師の側から自然に用具の話が出ることもあります。相談の切り出し方については、ケアマネジャーに福祉用具を相談するときの伝え方にまとめています。
「試してから決める」ことはできる?
貸与(レンタル)の品目は、まず借りて使ってみてから継続するかを判断できる仕組みで、購入と違って合わなければ返却・交換ができます。
福祉用具の話が硬直しやすいのは、本人もご家族も「一度決めたら、ずっとそれで暮らすことになる」と思い込んでいる場合です。実際には、介護保険の福祉用具貸与は、その前提とかなり違う仕組みになっています。
貸与の対象になる品目——特殊寝台、車いす、手すり、スロープ、歩行器など——は、購入ではなく借りる形です。使ってみて合わなければ、返却や別のタイプへの交換を相談できます。事業所によっては、契約前に短期間試用(デモ)ができる場合もあります。「合わなかったら返せる」という前提が共有できるだけで、本人の心理的なハードルが下がることは珍しくありません。
伝え方としては、「買うわけじゃないから、一度使ってみて嫌だったらやめよう」という言い方が、比較的受け入れられやすい入り方です。試用の際に見るべき点は福祉用具を試用(デモ)するときの確認ポイントで整理しています。
なお、腰掛便座や入浴補助用具など、直接肌に触れる品目は衛生上の理由から購入(特定福祉用具販売)が基本になり、レンタルのような気軽な返却はできません。この違いは事前に押さえておくと、後の行き違いを避けられます。
一度断られたら、もう提案してはいけない?
断りは「今は不要」という時点の判断であって、状況が変われば結論も変わります。定期的に見直す機会は、制度の中にも組み込まれています。
一度強く拒まれると、ご家族の側が「もうこの話はできない」と感じてしまい、そのまま何年も先送りになることがあります。ですが、本人の身体状況も、住環境も、季節も変わります。夏の暑さで体力が落ちたとき、冬に足元が冷えて動きが鈍くなったとき、退院した直後——きっかけは繰り返し訪れます。
制度の側にも、見直しの機会は用意されています。2024年度の介護報酬改定では、貸与・販売の選択制の対象品目について、福祉用具専門相談員が利用開始後6か月以内に少なくとも1回モニタリングを行い、その結果を記録してケアマネジャーに交付することが義務づけられました(厚生労働省 令和6年度介護報酬改定)。使い始めた後も、専門職が状況を確認する場面が制度として組み込まれている、ということです。
また、特定福祉用具販売についても、利用者からの要請等に応じて販売した用具の使用状況を確認し、必要な場合は使用方法の指導や修理等を行うことが規定されています。「売って終わり」「貸して終わり」ではない設計になっているため、後から相談することを前提に、まず小さく始めるという進め方が取りやすくなっています。
大切なのは、断られた記憶を「失敗」として抱え込まないことです。話題を出したこと自体が、本人の中に小さな検討の種を残しています。
本人の気持ちと安全は、どう折り合いをつける?
「本人の意思を尊重する」ことと「明らかな危険を放置する」ことは別問題で、リスクの大きさによって判断の重みを変えます。
ここで、冒頭で触れた線引きの話に戻ります。本人が嫌がるからといって、すべてを本人の意向のままにしてよいわけではありません。判断を分けるのは、そのリスクが「不便」なのか「重大な事故につながりうるもの」なのかという点です。
たとえば、歩行器を使わずに室内をつたい歩きしている状態は、本人にとっては「まだ自分で歩けている」という実感の源かもしれません。一方で、浴室の出入りで何度もひやっとしている、階段で足を滑らせたことがある、といった状況は、一度の転倒が骨折や入院に直結しかねません。後者については、本人の意向を尊重しつつも、専門職を交えて優先的に話し合う必要があります。
こうした場面で有効なのは、家族だけで抱え込まず、判断を共有することです。家族間で意見が割れているまま本人に提案すると、本人はどの意見に応じてよいか分からず、結果として全部を断るという形になりがちです。話し合いの進め方は福祉用具を家族で話し合うときの整理方法を参考にしてみてください。
また、用具そのものではなく住まいの側を変える選択肢もあります。手すりの設置は、置き型の福祉用具として借りる方法と、住宅改修として壁に取り付ける方法があり、本人の受け止め方も変わってきます。使い分けは住宅改修と福祉用具の使い分けで解説しています。
よくあるすれ違いには、どんなものがある?
「良かれと思って先回りした」ことが、本人の主導権を奪う形になっているケースが目立ちます。
ご家族から聞かれるつまずきには、次のようなパターンがあります。
- 本人に相談せずに用具を手配し、納品日に初めて知らせた結果、強く反発されてそのまま使われなくなった
- 一度に複数の用具(ベッド・車いす・手すり)をまとめて提案し、「家じゅうを介護施設にする気か」と受け取られた
- 「危ないから」という理由だけを繰り返し、本人が何に不安を感じているかを聞かないまま平行線になった
- 兄弟姉妹の間で方針が割れており、本人がどちらにも答えられず沈黙してしまった
- 費用の話を曖昧にしたまま進め、本人が「いくらかかるか分からない不安」から断り続けていた
いずれも、共通しているのは本人が「決める側」に立てていないことです。用具の選定そのものは専門職が担うとしても、「どの場面を楽にしたいか」「どれから試すか」という判断の余地を本人に残しておくと、受け入れられ方が変わります。費用の見通しについては、仕組みを正確に伝えることで解ける部分が大きいので、福祉用具の費用と自己負担の仕組みを一度ご家族が読んでおくと、説明しやすくなります。
この記事で持ち帰れること
- 本人の「嫌だ」が、情報で解ける層(費用の誤解・使い方への不安)なのか、気持ちに根ざす層(自尊心・遠慮)なのかを見分ける視点
- 用具の提案から入らず、「どの動作が不安か」の共有から始めるという順番の作り方
- 一度断られても終わりではなく、貸与は試してから決められ、制度上も使用開始後に見直す機会があるという前提
福祉用具の話は、正しさで押し切ろうとするほど遠回りになります。急がずに、本人の言葉で語られた困りごとを一つ見つけるところから始めれば、そこから先は専門職と一緒に考えていくことができます。
今日できることとして、まずはこの一週間で「ひやっとした」場面を一つだけ思い出して、メモしておいてみてください。時間帯・場所・そのときの動作の三つが書いてあれば、ケアマネジャーや福祉用具専門相談員に相談するときの出発点として十分です。
実際に相談先を探す段階になったら、介護ようひんさーちの事業所検索から、営業エリアや取扱い品目、福祉用具貸与・特定福祉用具販売の指定の種類で絞り込んで、福祉用具貸与・特定福祉用具販売の事業所を探せます。まずは本人の困りごとを一つ持って、相談してみてください。
よくある質問
Q. 本人が拒否している状態でも、ケアマネジャーに相談していいですか? A. 問題ありません。本人がまだ納得していない段階でも、ケアマネジャーは状況を踏まえた進め方を一緒に考えてくれます。本人不在で物事を決めるのではなく、どう話を切り出すかを含めて相談する、という形が現実的です。
Q. 費用が心配で断られています。どう説明すればいいですか? A. 福祉用具貸与は介護保険の対象で、自己負担は所得等に応じて1〜3割です。ただし、区分支給限度額の枠内で他のサービスと合算される仕組みのため、実際の負担額はケアプラン全体で変わります。正確な金額は担当のケアマネジャーや福祉用具専門相談員に確認してください。
Q. 使い始めたけれど、本人が結局使っていません。どうすればいいですか? A. 使われていない理由を福祉用具専門相談員に率直に伝えてください。高さや操作方法が合っていない場合は調整や別タイプへの交換で解決することがあります。貸与品目であれば返却も選択肢になります。
Q. 一度断られてから、次に提案するまでどのくらい間を空けるべきですか? A. 決まった期間はありません。目安として、退院、季節の変わり目、要介護認定の更新など状況が変わるタイミングは、自然に話題にしやすい機会です。同じ提案を繰り返すより、変化があったときに改めて困りごとを聞く形が進めやすくなります。

